2011年6月10日金曜日

第6回丸山会「公益財団法人AFS日本協会理事長 小川郷太郎先生を迎えて」

お久しぶりです。

だいぶご無沙汰になってしまい、申し訳ありませんでした。
ありがたいことにアクセス数は増えているのですが、それに反して忙しさに感けてしまっていました。

いつもの事ながら、やりたい事や興味が尽きないのに体が一つしかないことが悩みの種です。
時間の流れは誰にでも平等であり、人間は決められた時間でしか行動できません。
一生懸命やることは当たり前ですが、いかに効率よく時間を使えるかが勝負だなと、再認識しています。

それは、どこかスポーツと通じるところがあります。
一生懸命やっただけでは勝てません。
私自身も苦いほど味わっているつもりだったのですが、いざビジネスでそれを活かそうとすると・・・、壁にぶつかってしまいますね。
もちろん私はイノシシタイプなので、それに気づかず、いや、気づかないフリをして壁にタックルし続けます。

余談はさて置き、第6回丸山会のご報告です。
東日本大震災を受け、「今、日本がなすべきこと」をテーマの下に、カンボジア大使やイラクやアフガニスタンの復興支援のために尽力した元外交官小川郷太郎氏をゲストに迎え、ご講演いただきました。
すべてご紹介できないのが残念ですが、先生が実際に被災地を訪れ、感じ、拝見された以下のことは、これからの日本にとっての一つの希望であると私は感じました。
震災地訪問:長期にわたる巨大な復興需要、遅れた日本大改革の好機
大震災で見えたこと:日本人の資質と力、「人間の心」、多岐で深い相互依存関係






ハンドボール日本代表と米フィットネス器具会社日本法人代表



 

自衛隊OBを支援するNPO理事、ラグビー協会関係者、医師、某有名トレーナーのお弟子さんなど、今回も多種多様な方々にお集まりいただきました。
ある参加者の方のご厚意で、赤坂にあるトゥーランドット游仙境が今回の会場です。http://www.ehills.co.jp/rp/dfw/EHILLS/morishop/ark/turandot/index.php



公益財団法人AFS日本協理事長、三井住友海上火災保険顧問、元日本国特命全権大使(カンボジア大使、デンマーク大使、イラク復興支援大使などを歴任、2007年にはアフガニスタン支援担当大使を兼任)の小川郷太郎先生です。とてもフランクな方で、自分を先生と呼ばれることを嫌い、「今日から先生は駄目だぞ。」と私によくおっしゃられます。・・・が、なかなか「さん」付けでは呼べずにいます。


東北大震災から、早いもので3か月が経とうとしています。
私の知人友人は現地に入り、スポーツ指導や経済再建活動を行っています。
それに比べてしまえば、私が行う活動は微々たるものです。
ですが、私もできることを長期的に取り組み、日本の仲間を援助できればと思っています。

そのために、まずは自分自身を確立する。
それが、今の課題です。

丸山和也

2011年5月23日月曜日

柔道指導者資格制度

ご無沙汰しております。

ここのところ仕事が忙しく、なかなかブログを更新できずにいました。
近々、丸山会の様子もアップいたしますので、是非ご覧ください。

さて、少し古いですが、面白い記事です。
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2011/04/23/kiji/K20110423000679730.html

私のブログでも問題提起をしてきましたが、柔道指導者資格制度がスタートするようです。
この資格が出来ることでのデメリットもあると思いますが、柔道を取り巻く環境を考えれば必然的な導入であると思います。

プライベートでは「スポーツの為に!」と、出来ることを行っております。
仕事もプライベートも激動の5月です。

頑張ります。
頑張りましょう!

丸山和也

2011年4月29日金曜日

球技系プロアスリート奥様ブログ 「休日とアスリート魂」


休日の過ごし方について知りたい、とご質問を頂いたので
今回は休日についてお話したいと思います。

試合、練習、合宿、自主トレ、メディア対応などで
アスリートはお休みがあまりない
というイメージは皆さんもお持ちだと思います。

もちろん、私も夫とお付き合いをする時に
覚悟はしましたが
年末年始以外は基本、連休がない
というのはさすがに驚きました。

そうなんです。
連休がないんです(涙)

連休がない、ということは遠出ができないので
2人での旅行はお付き合いをする時に諦め
新婚旅行は引退後のお楽しみの1つとなっています。(笑)

さらに丸1日お休み、というのも年間
数える程度しかないため
貴重なお休みはとにかく家族で一緒に過ごし
夫が行きたいところ、やりたいこと、
食べたいものを食べるようにしています。

ショッピングをしたり
公園や神社へ行ったり
美味しいものを食べに行ったり
ドライブをしたり

体力が許す限り、1日を最大限を楽しむようにしています。

体力といえば、私が驚いたのは
1ヶ月間かけてヨーロッパ3都市で試合をした夫が
成田に着いて、おうちに戻り荷物を入れ替えて
そのまま東京から大阪に行き
次の日に大阪で試合をして
試合後すぐに東京に戻り、その足で
「一緒にショッピングに行こう♪」と
誘われたときには、この人の体力のすごさ・・というか
休日に対する「1秒も無駄にしないぞ!」という熱い情熱を感じました。(笑)

そして、たまにある連休を楽しみながらも
「2日以上休むと不安になる・・」とつぶやく夫に
アスリート魂を感じました。

日本の復興


こんばんは。


早いもので、震災から一ヶ月が経ちました。
皆さんのお仲間の中にも、現地で一生懸命に復興支援に当たっている方がいると思います。
私の親友も例外ではなく、他県から宮城県の復興支援に当たっていました。
彼は妻子ある身ですが、国のため、人のために震災発生時から頑張ってくれています。
先日、一時帰宅できたようですが、既に現地に戻っています。
情報から想像できましたが、やはり現地は地獄だそうです。
まだまだ遺体も回収できていないそうです。
私達にできることは同じ日本で「今」起きている事実を知り、全力で生きることだと思います。
何が最良なのか分からない私に出来ることは、それしかないのだと思います。

「街頭で義援金を募る人はその分を働いて直接赤十字に寄付する方が効率がいい。だから、街頭活動は自己満足だ。」
そのように否定的な意見をする人もいますが、私は必ずしもそうは思いません。
むしろ著名人の活動は、潜在的な寄付希望者の掘り下げになるのではと思います。

全国の原発を「危険だ」と、止めることは簡単かもしれません。
しかし、それには莫大な費用が掛かります。
私の専門である太陽光発電も代替として期待されますが、現状は国の支援なくして急激な普及はあり得ません。
国民は電力供給不足による輪番停電などからくる「我慢」を受け入れるということです。
原発を全て否定するのではなく、安全管理を徹底・改善することを考えるべきです。

東北大震災は日本で起きた震災。
すべての日本国民の協力が必要不可欠です。

丸山和也

2011年3月22日火曜日

「Team Judo」井上康生先輩のご活動


こんばんは。

本日は短いブログとなりますが、ご紹介です。

陸上の為末さんの呼びかけで始まったチームジャパンが義援金を募っています。

その中で、私の先輩でもある井上康生先輩が「Team Judo」として、ご活動されています。

正直、「Justgiving」については勉強不足ですが、「Team Japan」の活動自体は素晴らしいものだと思います。
柔道家の力が合わさることは非常にいいことだと思いますし、このような事態だからこそ柔道は社会に恩返しするべきなのです。
何より尊敬する井上康生先輩のご活動ですから、「井上康生」に私も賛同のうえ寄付させていただきました。
皆様も手数料やシステム利用料などの説明を拝読された後に、ご賛同していただける様でしたら是非宜しくお願いいたします。

頑張れ、日本!!

丸山和也

2011年3月21日月曜日

この震災時に私が思う大切なこと

皆様、ご無事でしょうか?
関係者含め、皆様のご無事を祈っております。

私の実家は栃木で、両親は神奈川に住んでいます。
行ったり来たりでしたが、お陰様で怪我もなく無事です。

震災時、オーストラリア人柔道家の元教え子が東京で武者修行をしていました。
彼はまだ18歳ですから、ご両親も心配されていました。
それもそのはずです。
地震がほとんどないオーストラリアから一人で武者修行に来てみれば、この歴史的震災です。
私が彼の親でも同じ様に心配したと思います。
その後、私の自宅へ避難させ、空港まで無事送り届けました。

「私の出来ることは何か?」

皆様と同じようにずっと考えています。
情けない話ですが、このような事態になって自分の無力さを改めて痛感しております。
私の行き着いた一つの道ですが、
「世界的な柔道ネットワークを活かして海外から義援金を募ること。そのための受け入れ先を探すこと。」です。
現在、柔道界の大御所である恩師に相談しつつ、その方法を模索しております。

ここの所、ニュースを見ているだけで心が痛くなります。
被災地からのニュースでではありません。

「ACのCMがうるさいからやめさせろ。」
「募金を遊ぶ金欲しさに盗む中学生。」

いつから日本はこうなってしまったのか?
それとも、元からこうだったのか?
日本人の心は何処へ行ってしまったのでしょうか?

震災発生から数日が経ち、東京では徐々に平穏を取り戻してきていますが、被災地の方々は生き死にの問題に今この瞬間に直面しています。

少し過激な話ですが、あえて言います。

数万人の死者・行方不明者・安否不明がいる中で、
火葬は間に合わない。
土葬の許可も出しかねている。

皆様、よく考えてください。

亡くなった方々は、どこで、どうしているのか?

私の親友は警察官として寝ずの救援を行っています。
彼は言います。
「地獄絵図」だと。
そのような状態ですから、当然物欲から来る犯罪もあるでしょう。

「人生を楽しむな」と、言っているのではありません。
ただ、忘れてはいけないのです。
その非日常が、この日本で実際に起きているということを。

そうすれば、道端で酔っ払って大声で騒ぐことはしないはずです。
馬鹿な万引きなんてしないはずです。

復興は一・二年の話ではありません。
自分達ができることを自分達のペースでやりましょう。
忘れても、疲れてもいけません。
日本人のいいところですが、「こんな時では、やる気がしない」と経済を止めてしまっては、マクロ的には被災者の首を絞めます。

私達にできることを、私達のペースで行いましょう。
一人ひとりの力は微力だからといってやめないでください。
継続が力となるのです。
その継続が束になるからこそ、大きな力になるのです。

私達の日本を私達が救いましょう。

丸山和也

2011年3月10日木曜日

オリンピック3大会メダリスト 田辺陽子先生

今年は花粉がひどいですが、皆様大丈夫でしょうか?

私は目と鼻が真っ赤です。

今回は田辺陽子先生のユニークなご経歴を紹介いたします。





先生は、高校時は陸上部に所属し、なんとやり投でインターハイで8位に入賞されているのです。

ですので、柔道を始められたのは意外に遅く、3年次の授業で柔道と出会い、講道館に通い始めてからということです。

さらに、一度は陸上推薦で進学した東京女子体育大学ですが、それを中退し日本大学に進学します。

それから本格的に柔道に打ち込み、最終的にオリンピック3大会連続でメダルを獲得されました。


特に、バルセロナ五輪からアトランタ五輪までのエピソードは魅力的だと思います。

実は、1992年のバルセロナオリンピック後に一旦は引退を表明し、筑波大学で大学院生活に専念されています。

しかし、オリンピック決勝戦で敗れた悔しさから復帰し、1996年の全日本体重別選手権では優勝すると同時にアトランタオリンピックへの出場を見事獲得されるのです。オリンピックではブランクや膝の怪我にもかかわらず銀メダルを獲得し、これを最後に現役生活にピリオドを打ったということです。


生意気ながら、私が思う指導者に必要なことは、怪我やスランプの経験とそれを乗り越えようとするプロセスだと思います。

怪我やスランプを知れば、教え子の気持ちが分かります。

それを乗り越えた経験が、諦めさせない、見捨てない指導者をつくるのです。

エリートにはエリート苦しみがあるように、劣等生には劣等生の苦しみがあります。


そのような経験をされた田辺先生だからこそ、日本オリンピアンズ協会の理事やアンチドーピング会議の会員も務め、日大柔道部監督とし後進の育成に取り組んでいるのだと思います。


先生は、来月から柔道の精神を持って、長い海外勤務に旅立たれます。

今月末にある先生の壮行会では、様々な方々がご参加されるようです。

人が集まるということは、それだけでお人柄が窺えるものです。


田辺先生、陰ながら海外でのご健康とご多幸をお祈りしております。




丸山和也